移乗の技術・考え方と方法
第2章 現在行われている移乗方法

ここではほとんど全介助を要する場合に、道具を使わず、現在よく行われている方法について記述します。

一つは「膝固定による介助移乗」として記述しますが、下肢筋力がまったくない場合にセラピストが行う方法です。しかし、セラピストであってもきちんと教育を受け、練習しないと上手にはできないという方法です。この技術を獲得すれば、頚髄損傷のような下肢の支持性がまったくない障害者であっても、介助者は自分の身体を痛めることなく、また本人も安心して移乗介助を受けることができます。道具を使用しないことから、多くの場面で利用できるという利点があります。しかし、正確な方法を収得するには時間がかかることと、きちんと行わないと利点が欠点にもなりかねない方法です。本人と介助者の体格差の影響も大きいといえるでしょう。小さい介助者が大きい障害者を介助する場合には多くの問題を生じかねません。


一つは、「膝の間に脚を入れる方法」として記述しますが、介護職の間でよく行われている方法です。職種によって、また教師によっていくつかのパターンがありますが、基本的には本人を立たせて介助者の力で移乗介助する方法です。多くの場合、本人の身体機能の如何に関わらずほぼ同一の方法で移乗介助でき、移乗場面としても制約が少ないという利点があります。このため、今日多くの場面・場所で見受ける方法ですが、介助者が腰痛になりかねず、特に本人と介助者の体格差が大きい場合には移乗介助できない場合も生じる方法です。介助者の技術によっては本人に苦痛を与えたり、場合によっては骨折などの障害を与えかねない方法でもあります。いくつかのパターンがありますが、ここではそのうちの代表的な方法について記述します。


2.1膝固定による介助移乗

1)本人の身体機能

・端座位保持が困難であり(端座位保持が可能 であっても問題はない)、体幹や下肢の支持性をまったく持たない四肢麻痺(頚髄損傷者 など)。

・体幹を前屈させて移乗しますから、屈曲制限があると困難。

2)場面

・車いす−ベッド、車いす−便器、車いす−自動車など。

3)介助者の想定

・本人の家族、病院職員、施設職員など。一人で移乗介助可能ですが、二人で行うと負担が少なくなります。

・楽に介助するためには、学習・習熟が必要です。

4)なぜそうするのか

A)力学的な意味

・下肢にまったく支持性のない人を抱え込んで移乗すると、全体重を支えなければなりません(図1)。


この方法は本人の下腿部分を固定し、立ち上がり動作を膝軸周りの運動とすることによって、介助者が本人を引き上げる負担を減らすものです。

本人の体幹の前傾の具合により、膝軸周りの回転モーメントが変化します(図2)。(


すなわち、本人の重心線と膝との距離が小さければ、本人の体重を引き上げる際のモーメントが小さくなります。したがって、本人を十分に前傾させることで、介助者の身体的負担を軽減できます。

B)環境とのかねあい

また、車いすから自動車への移乗にはドアやドアピラーにより介助スペースが制限されるため、立位となる必要があります(基本形)。

C)介助者能力の想定

・介助者は本人の下腿を固定できる脚力が必要です。

 また、本人の体を引きつける上肢の筋力も必要です。

D)方法の選択因子

・アームレストの形状、移乗スペース、介助者の能力など。

E)伝達方法の限界

・下腿の固定、反動の利用などのコツをつかむためには繰り返し練習する必要があります。短時間での修得は難しいことです