移乗の技術・考え方と方法
第4章 ホイストと吊具の使い方

 はじめに

「ホイスト」という言葉を聞くと、多くの方が、「腰が引ける」、「大げさな」、「かわいそう」、「そこまでしなくとも」・・・などの感想をいわれます。どうも「ホイスト」は心理的な障壁が高いようです。


介護保険により、さまざまなホイスト(リフト)が対象となってきていますから、ホイスト(リフト)が使える基盤を整えておく必要があります。

作業が下手な人間がおこなった時に腰痛を引き起こすような移乗介助の方法は、専門家の中では利用できても、専門を外れた部分では利用が難しいでしょう。現在、介護に携わっている人達が必ずしも専門家ばかりであるとは言えません。専門家でなければ上手におこなえない移乗介助の方法だけでは問題があるといえます。



 【移乗の頻度は生活の質を計る指標】

移乗に介助が必要になったとき、多くの介助者は人手で介助できると考えます。たしかにちょっとやってみる限りにおいては人手でもできるでしょう。

しかし、生活場面全体を考えてみると、私たちが目標にしている「障害を持っても普通の生活」を送るためには、なんと移乗介助の頻度が高いことでしょう。

「寝具から離れなければ」と考えればまず移乗介助が必要になります。やっと車いすに移乗できたと思ったら、しばらくしたら「疲れたから寝具へ戻りたい」といわれます。その繰り返しの中で、「おしっこ」といわれれば、トイレあるいはポータブルトイレへの移乗介助が必要になります。1日に7〜10回程度はあるでしょう。

もちろん、これらの移乗介助の頻度を減らすために、排泄はおむつにしたり、1日中車いすに座らせておくこともできます。もっと移乗介助をしないためには寝具に寝たきりにさせておけばよいことになります。

しかし、これらのことは、はたして普通の生活といえるでしょうか。

移乗の頻度は生活の質を計る指標であるともいえます。普通の生活を送るためにはきわめて頻度の高い移乗が必要になります。

【移乗介助は介助者を傷つけやすい】

移乗介助を人手だけで行っていたらどうなるでしょうか。

もし家族が行うとすればたちどころに腰痛などの障害を発生します。家族が障害を負うと、たちまちのうちに生活の質は低下していきます。

ではヘルパーに頼めば、専門家だから容易に移乗介助してくれるのでしょうか。たしかにヘルパーは介助の専門家ですから、移乗介助も上手でしょう。しかし、腰痛などの障害を持たないヘルパーははたしてどのくらいいるでしょうか。ほとんどのヘルパーが働きはじめてまもなく腰痛などの障害を負います。

ましてや、ヘルパーがいるときだけ移乗介助していたら、1日に何回移乗できるでしょうか。

【ホイストを使おう】

簡単に、素早く、お金もかからずに、誰でもすぐに学習でき、そして介助者の身体も痛めない移乗介助の方法はないといっても過言ではないでしょう。

どちらを優先するかという問題です。

ホイストの使い方は決して難しいものではありません。またホイストに吊られるということは決して苦しいことではなく、危険なことでもありません。かえって、ホイストで移乗介助される方が安全で、快適です。

そのためには適切なホイストと吊具の使い方を覚えることが必要です。

1.まずは吊り上げてみよう 

-基本的な作業の練習-

ホイストの適応は吊具によって決まるといっても過言ではありません。まずは一度吊り上げてみて、その状態を確認することから始めましょう。

始めるにあたって以下のような点に留意します。

・講習会およびクライアントの家族に最初に言うことは、「とにかくていねいにやりなさい」ということ。

・すべての手順をできるだけ正確に実行すること。しばらくして慣れてきたら、省けるところは省いていく。

・本人を吊る時に問題になるのは怖がっている場合。

・経験して怖がっている場合には、適応していない吊り具を使用しているか、手順が間違っていることがほとんど。

・まず家族を吊ることから始め、「怖くないでしょう」と安心させる。

・怖がる、痛がる、いやがる人に対しては、雑談をしながら恐怖心を取り除いていく。

・リフトに対しての心理的障壁を高くしている要因は、吊られた時の感覚を悪いイメージで抱いていることが多い。

それを何とかして改善しない限り、心理的な障壁を取り除くことはできない。

・吊り具で吊って「快適だ」と言うことを本人に対しても、家族に対しても実感させることがとても大切。

以下の手順はホイストと吊具を使う基本です。繰り返し練習して上手にできるようになっておきましょう。

1.1 吊り上げる前に

-身体機能の確認-

・吊り上げる前に、基本的なことだけチェックしておきましょう。

頭を自分で支えていられますか?

座位を保持するために頭を支えなければならないときは、以下の手順はとれません。

【だめな場合はP11参照】

股関節の疾患はありませんか。

・股関節を屈曲させてはいけない、

・外旋(大腿を骨軸周りに外側に回転させる)させてはいけない、

・外転(大腿を外側に開く)させてはいけない

などのことがないことを確認してください。


【だめな場合はP13、17参照】

骨、関節、皮膚などで痛みや不快感を感じる部分や動作はありませんか。

1.2 車いすから吊り上げる

一番ニーズが大きいと考えられる脚分離型ローバック吊具(図1)から始めます。

本人の身体を前傾させます。

介助者はスタンスを広く取って、中腰にならないように。

本人が前に倒れてしまうときは脇の下に手を入れて腕全体で胸を支えます。喉に腕がかからないように気をつけて。


吊具の中央を背中に沿って滑らせながら差し込みます。

吊具の中央と背骨が一致するようにします。

以下のような方法があります。

a.吊り具の下端のふちどり部分に指先を引っ掛けて下ろす。

b.吊り具の外側から下端のふちどり部分を指先で摘んで下ろす。

c.吊り具の内側から下端のふちどり部分を指先で摘んで下ろす。

※b. c.の場合には、装着時に縁取り部分が裏返っていることがあるので確認すること。

※吊り具によっては、指先を入れて下ろしていくためのガイドポケットが付いている(Guldmannの新しいタイプ)。

[股関節が硬くて前傾姿勢がとれない場合]

一般的にこのようなケースでは、ずっこけ姿勢で座っていることが多いために、ある程度差し込んだ後は片側づつ本人の脇と車いすの隙間から手を入れて吊り具を座面まで下ろしていく。

吊具の先端が座面に届くまで差し込みます。